踊ろうベリーダンス!! bellydance@滋賀 (と京都)
はじめまして!  ベリーダンスの話や大好きな旅行の話など、ゆるゆると綴っていきたいと思います。
あなたがいなければ、今のベリーダンス界は存在しない。
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昨日の深夜に衝撃的なニュースが入ってきた。
Mahmoud Redaが亡くなった。
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フォークロア界の父、伝説、礎。
Redaが現在のベリーダンス界で踊られているフォークロアスタイルを作ったと言われています。
通称 『レダスタイル』
ベリーダンス界で知らない人はいない。
彼がいなかったら、今のベリーダンス界は存在しない。


民族舞踊を魅せる舞台芸術に引き上げたレダ。
レジェンドAida Nour、現在のフォークロア界のマスターティーチャーAfmet, Nesma, Kazafyをはじめ、DinaやMunique Neithなどオリエンタルのマスターティーチャーの多くもReda Troupで学んでいます。

レダ舞踊団のプリンシパル、Farida FahmyとのDuoの数々はあまりに有名。
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知らない人は、You Tubeで検索してください。
たくさんの2人の作品が見ることができます。


私たちがベリーダンスを踊る際、フォークロアを学ぶ必要があるのはなぜか
それはオリエンタルソング、特にmejanceの中に、フォークロアのリズムが入っているから。
そして、オリエンタルを踊る時のステップもフォークロアから来ているものがたくさんあるから。

私はちょうど10年前、エジプトのNile FestivalでレダのWSを受けました。
その時で、御年80歳くらい とお見受けしました。
既にご自身が踊ることは無理で、お弟子さん (確かその時はNesrinと韓国のLeeだったと思う。お弟子さんと言っても当時既に2人は大御所先生だったが) が、レダの代わりに見本を踊ってくれていました。

一番何にびっくりしたかって、2人のシンクロ具合だった
特にNesrinはWSも担当していたのに、一寸の狂いもなくシンクロしているのが、レダ舞踊団そのものだと感じました。
そして、レダ自身も見本ダンサー先生も全く解説はせず、2人がひたすら踊って、私たちもひたすら踊って身体に覚えこませる。
2時間 3時間
レダが納得するまで、一言も発することなくただただ踊り続けるだけです。

中には途中見ているだけの受講者もいましたが、そういう人は会場から追出させられることも多々ありました。
学びに来てるのに、休憩するなんてどういう事だ』 と。
先生たちも休憩することなく踊り続けているのに、先生たちに失礼だろ』 と。

日本ではなかなか考えにくいですが、WS中ずっと座って見てて、動画撮影の時だけ前に飛び出して来たり、三脚立てて撮影しだす受講者とかもいたのです。
これは、さすがに先生がたも気分を害しますよね。
こういう行為は学びに来たというより、振付を買いに来たようなもの。
先生がたは、振付じゃなく動きそのものやステップそのもの、流れや雰囲気とかを学んでほしいんですもの。


ちょっと話がそれましたが、とにかくレダの振付はとてもクラシカルな踊り方で、大技とか全くないのにとても難しかったことを覚えています。
それでもこの踊りの良さというか、
『こういう風に踊りたい
とか、
『こういう雰囲気が、私がこの踊りを好きな理由なんだ。』
とか、そういう感情を抱いた、とても貴重なWSでした。

ベリーダンスを知って5年目の頃。
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RIP Mahmoud Reda
ご冥福をお祈りいたします。

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